「ドローイングルーム」ってどんな部屋?アンティーク家具から見る英国の社交空間
イギリスの古い邸宅やアンティークについて調べていると、ときどき目にする言葉があります。
「ドローイングルーム」
です。
「Drawing」というくらいだから、
絵を描くための部屋?
と思ってしまいそうですよね。
ところが実は、絵を描くこととはほとんど関係ありません。
ドローイングルームは、かつてのイギリスの邸宅において、家族がくつろいだり、お客様を迎えたり、会話や音楽を楽しんだりするための大切な部屋でした。
そして、その空間にはソファやチェア、テーブル、キャビネット、ピアノなど、現在アンティークとして私たちが目にするさまざまな家具が並んでいました。
今回は、そんなドローイングルームとアンティーク家具の関係を少し覗いてみたいと思います。

「Drawing」は絵を描くという意味ではない?

Isaksenk, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, via Wikimedia Commons
まず気になるのが、その名前です。
ドローイングルームの「Drawing」は、もともと
Withdrawing Room(ウィズドローイング・ルーム)
と呼ばれていた言葉が短くなったものとされています。
「Withdraw」には、
退く、離れる、引き下がる
といった意味があります。
16~17世紀頃の大きな邸宅では、人々が集まる広間などから離れ、主人や家族、特別な客人がもう少し静かに過ごすための部屋が設けられていました。
それが「ウィズドローイング・ルーム」。
やがて言葉が短くなり、
ドローイングルーム
と呼ばれるようになったのです。
ですから「お絵描き部屋」ではなく、
「人々が少し引き下がって過ごすための部屋」
というのが名前の始まりだったわけですね。
食事が終わったら、ドローイングルームへ

Metropolitan Museum of Art, CC0, via Wikimedia Commons
時代が進むと、ドローイングルームはイギリスの上流・中流階級の住宅において、重要な社交空間になっていきます。
特に有名なのが、夕食後の習慣です。
大きな晩餐を終えると、まず女性たちがダイニングルームを離れてドローイングルームへ移り、男性たちはしばらく食卓に残る。
その後、男性たちもドローイングルームへ合流し、皆で夜の時間を過ごすという習慣が19世紀にも見られました。
ドローイングルームへ移ってからは、
お茶を飲んだり、
会話を楽しんだり、
ピアノを演奏したり、
歌を歌ったり、
本を読んだり。
現代でいうところのリビングルームと客間を合わせたような場所だったと考えると、少しイメージしやすいかもしれません。
家の中でも「一番きれいに見せたい部屋」

Narcissa Niblack Thorne, CC0, via Wikimedia Commons
ドローイングルームにはもう一つ、大切な役割がありました。
それが、
お客様に家を見せる場所
という役割です。
玄関や廊下を通り、招かれた客人が長い時間を過ごすドローイングルーム。
当然、その家の印象を大きく左右します。
そのため裕福な家庭では、上質な家具や絵画、陶磁器、時計、花瓶、カーテン、絨毯などを使い、趣向を凝らして室内を飾りました。
いわば、
「我が家のセンスを披露するショールーム」
のような側面もあったのです。
特にヴィクトリア時代になると、旅行先から持ち帰った品や陶磁器、写真、植物、小さな装飾品なども室内に増えていきます。
現代の感覚では「ちょっと物が多いな……」と感じるような部屋もありますが(笑)、当時はそうした品々も、住む人の趣味や教養、豊かさを表す大切な要素だったのでしょう。
ドローイングルームにはどんな家具があった?
ここからはアンティークショップらしく、家具を見ていきましょう。
19世紀のドローイングルームでは、実にさまざまな家具が使われていました。
代表的なものとして、
ソファ
アームチェア
サイドチェア
オットマン
センターテーブル
オケージョナルテーブル
コンソールテーブル
ライティングデスク
ソーイングテーブル
キャビネット
などがあります。
つまり、現在アンティークショップで見かける家具のかなりの種類が、ドローイングルームに集まっていたことになります。
面白いのは、大きな家具だけで部屋を構成するのではなく、小さなテーブルやチェアをいくつも組み合わせていたことです。
これには、ドローイングルームならではの理由がありました。
家具は壁際ではなく「会話するため」に置く
現代のリビングでは、
テレビの方向へソファを向ける。
壁際に家具を並べる。
という配置が多いですよね。
ところが、テレビのなかった時代のドローイングルームで主役だったのは、
人と人との会話
でした。
そのためチェアやソファは、互いに話しやすい位置へ配置されます。
暖炉の前に何脚かのチェアを集めたり、
小さなテーブルを囲むように椅子を置いたり、
部屋のあちこちに小さな「会話の場所」を作ったり。
広い部屋の中に、いくつもの小さな居場所が作られていたのです。
アンティークのオケージョナルテーブルや小型チェアがたくさん残っているのも、こうした暮らし方を知ると納得できますね。
ドローイングルームの中心には「センターテーブル」
19世紀前半頃のドローイングルームでよく見られる家具の一つが、
センターテーブル
です。
その名の通り、部屋の中央付近へ置く丸形や楕円形のテーブルです。
現在のダイニングテーブルほど大きくはなく、
本を読んだり、
手紙を書いたり、
軽い食事をしたり、
カードゲームやボードゲームを楽しんだり。
さまざまな用途に使われました。
アンティーク家具の中には、
「こんな小さなテーブル、一体何に使うんだろう?」
と思うものもあります。
しかし、ドローイングルームの暮らしを知ると、
大きな一台ですべてを済ませるのではなく、小さな家具を用途ごとに使い分けていた
ことが見えてきます。
これもアンティーク家具の面白いところですね。
小さなテーブルがたくさんある理由
センターテーブルのほかにも、
オケージョナルテーブル、
カードテーブル、
ゲームテーブル、
ソーイングテーブル、
ティーテーブル、
ライティングテーブル。
ドローイングルームには、実にさまざまな小型テーブルが登場します。
例えば手紙を書くなら、小さなライティングテーブル。
お茶を楽しむならティーテーブル。
裁縫をするときにはソーイングテーブル。
ゲームをするときにはゲームテーブル。
つまり家具が、その人がこれから何をするのかに合わせて用意されていたわけです。
現代では一つの大きなテーブルで食事も仕事もしてしまうことがありますが、当時は用途ごとに家具を使い分ける。
なんとも贅沢ですよね。
座るための家具も一種類ではありません
チェアも同じです。
ドローイングルームには、同じ椅子をずらっと並べるのではなく、形や高さの異なるチェアが置かれることがありました。
ゆったり座るためのアームチェア。
背筋を伸ばして座るサイドチェア。
低めのイージーチェア。
ソファ。
オットマン。
必要に応じて移動できる軽いチェア。
用途も座る人も違うため、部屋の中にさまざまな形の椅子が存在していたのです。
アンティークショップでチェアを見ていると、
「どうしてこんなに種類があるんだろう?」
と思うことがありますが、その答えの一つが当時の細かな暮らし方の違いなのかもしれません。
ピアノはドローイングルームの人気者
ドローイングルームを語るうえで忘れてはいけないのが、
ピアノ
です。
19世紀の家庭では、音楽は大切な娯楽の一つでした。
現在ならテレビを見たり、スマートフォンで音楽を流したりできますが、当時は自分たちで演奏します。
誰かがピアノを弾き、
誰かが歌い、
周囲の人々がそれを聴く。
場合によっては踊ったり、朗読を楽しんだりすることもありました。
つまりドローイングルームは、
リビングであり、客間であり、ときには小さなコンサートホールでもあった
わけです。
夜、シャンデリアやランプの灯りの下でアンティーク家具に囲まれながらピアノを聴く。
ちょっと体験してみたい光景ですよね。
暖炉もまた、部屋の大切な中心
そしてもう一つ、ドローイングルームで重要だったのが暖炉です。
寒いイギリスでは、暖炉はもちろん暖房として欠かせない存在でした。
しかし、それだけではありません。
暖炉の周囲にはチェアやソファが置かれ、人々が集まります。
つまり現代のリビングでテレビの周りに人が集まるように、当時は暖炉が人を集める中心になっていたのです。
暖炉の上のマントルピースには、
時計、
燭台、
花瓶、
陶磁器、
写真、
小さな彫刻などが飾られました。
その上に大きな鏡を掛けることもあります。
火の光やロウソクの灯りが鏡に映れば、室内はさらに華やかに見えたことでしょう。
こうした暖炉まわりの装飾も、ドローイングルームを美しく見せる大切なポイントでした。
キャビネットには「見せたいもの」を飾る
当店でも人気の高いガラスキャビネット。
これもドローイングルームと相性の良い家具です。
中に入れるのは、
陶磁器、
銀器、
ガラス製品、
旅先で手に入れた品、
思い出の品。
収納するというより、
「見せるためにしまう」
家具ですね。
特にヴィクトリア時代には、室内にさまざまな装飾品を飾ることが好まれました。
そのため、美しいキャビネットそのものと、中に並べるコレクションの両方がインテリアになります。
現在でもアンティークキャビネットへお気に入りの食器やコレクションを並べる方は多いと思います。
実はその楽しみ方、100年以上前のドローイングルームとそれほど変わっていないのかもしれません。
ドローイングルームは女性たちの部屋でもあった

19世紀になると、ドローイングルームは特に家庭の女性たちが日中を過ごす空間としての性格も強くなります。
読書をしたり、
手紙を書いたり、
水彩画を描いたり、
刺繍や裁縫をしたり。
そして訪問客があれば、ここで迎えます。
そのためライティングデスクやソーイングテーブル、小型のチェアなど、比較的小ぶりで繊細な家具も数多く置かれました。
重厚なダイニングルームとは少し違い、ドローイングルームには明るく華やかな雰囲気が求められることもありました。
家具だけでなく、カーテンや張地、花、陶磁器などを組み合わせて室内を作っていったのです。
お茶とドローイングルーム
そしてイギリスの社交といえば、やはりお茶も欠かせません。
訪問客を迎え、
小さなテーブルを囲み、
紅茶を飲みながら会話を楽しむ。
そんな光景にもドローイングルームはよく似合います。
ここで活躍するのが、
ティーテーブル、
サイドテーブル、
ワゴン、
小型キャビネットなど。
家具は単なる背景ではありません。
人を迎え、お茶を出し、会話を楽しむという一連の行動を支える道具でもありました。
だからこそ、アンティーク家具には小回りの利く小型家具が驚くほどたくさん存在するのでしょう。
パーラーやシッティングルームとは何が違う?

イギリスの古い住宅について調べていると、
パーラー
シッティングルーム
という言葉も登場します。
これがまた少しややこしいところです。
時代や家の規模、地域によって呼び方や使い方は異なるため、はっきり線を引くことはできません。
ただ、大きな邸宅におけるドローイングルームは、比較的格式の高い客間・社交空間として扱われることが多くありました。
一方、シッティングルームは名前の通り、もう少し日常的に家族が過ごす居間として使われる場合があります。
つまり同じ「居間」のように見えても、
誰が使うのか。
誰を迎えるのか。
どれくらい格式を持たせるのか。
によって部屋が細かく分かれていたのです。
大きな屋敷ほど部屋の種類が増えていく理由が少し分かりますね。
アンティーク家具は「部屋」で見るともっと面白い
普段アンティークショップでは、
チェアはチェア。
テーブルはテーブル。
キャビネットはキャビネット。
というように、一点ずつ家具を見ることが多いと思います。
しかしドローイングルームについて知ると、それぞれの家具がどのような場所で、誰に、どんなふうに使われていたのかが少し見えてきます。
ソファの前には小さなテーブル。
暖炉の近くにはイージーチェア。
窓辺にはライティングデスク。
壁際にはキャビネット。
そして部屋のどこかにはピアノ。
家具を単体で見るのではなく、一つの空間として想像してみる。
するとアンティーク家具が、昔の暮らしの中へ戻っていくように感じられます。
現代のお部屋にも「ドローイングルーム」の考え方を

もちろん現在の日本の住宅で、わざわざ一部屋をドローイングルームにするのは難しいかもしれません。
でも、その考え方は意外と取り入れられます。
例えばリビングの一角に、
アンティークチェアを2脚。
その間に小さなオケージョナルテーブル。
テーブルの上にはランプと花。
近くにはお気に入りの本を入れた小さなキャビネット。
テレビの方向を向かず、椅子同士を少し向かい合わせにしてみる。
それだけでも、
「テレビを見るための場所」
だったリビングの一角が、
「誰かと話すための場所」
へ変わります。
これは、ドローイングルームが大切にしていた考え方そのものです。
家具ではなく「時間」を作る部屋
ドローイングルームについて調べていくと、面白いことに気づきます。
豪華なソファや美しいキャビネットももちろん魅力的なのですが、本当に重要だったのは、
そこでお茶を飲むこと。
人と話すこと。
音楽を聴くこと。
本を読むこと。
手紙を書くこと。
つまり家具は、そうした時間を過ごすための舞台装置だったのです。
現在アンティークとして残っている小さなテーブルやチェアを見ても、そこにはかつて誰かが座り、誰かと話し、紅茶を飲み、音楽を聴いた時間がありました。
ドローイングルームとは、ただ豪華な家具を並べる部屋ではありません。
人が集まり、会話し、ゆっくりと時間を楽しむための部屋。
そう考えると、そこで使われていたアンティーク家具も、少し違ったものに見えてくるのではないでしょうか。
次にアンティークのチェアや小さなテーブルを見かけたら、
「昔のドローイングルームなら、これはどこに置かれていたんだろう?」
そんな想像をしながら眺めてみるのも面白いかもしれませんね。
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