実験道具なのに美しい?ヨーロッパのアンティーク科学器具の世界

前回”角”について調べていた時に様々な”器具”があることを知りました。

そこで今回は”科学器具”を深堀してみたのでお話いたします。

真鍮でできた筒。

細かな目盛りが刻まれた円盤。

ガラスと木を組み合わせた謎の機械。

歯車によって惑星が動く模型。

一見しただけでは、

「これは一体、何に使う道具なんだろう?」

と思ってしまうものも少なくありません。

これらの中には、かつてヨーロッパで使われていた科学器具があります。

望遠鏡や顕微鏡、気圧計、天体模型、航海用の測定器、さらには静電気を発生させる実験装置まで。

現在なら金属やプラスチックで作られた無機質な研究機器を想像しますが、古い科学器具を見てみると少し様子が違います。

真鍮、マホガニー、オーク、ガラス、象牙などを組み合わせた、まるで家具や工芸品のような美しさ。

今回は、そんな少し変わったアンティーク、ヨーロッパの科学器具についてご紹介してみたいと思います。

自然哲学と実験哲学
See page for author, CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0, via Wikimedia Commons

現代では「科学者」という言葉を当たり前のように使いますが、昔のヨーロッパでは、自然界の仕組みを研究する学問は広く「自然哲学」として扱われていました。

天体はなぜ動くのか。

光とは何なのか。

空気には重さがあるのか。

電気とは一体何なのか。

17~18世紀頃になると、こうした疑問を「考える」だけではなく、実際に観察し、測定し、実験によって確かめようとする動きが活発になります。

当然、そのためには新しい道具が必要でした。

望遠鏡、顕微鏡、気圧計、温度計、真空ポンプ、電気実験装置……。

新しい発見が生まれるたびに、それを確かめるための新しい器具も生み出されていったのです。18世紀には「数学器具」「光学器具」「哲学器具」などを専門に作る職人たちがロンドンをはじめ各地で活躍していました。

簡易顕微鏡
Rama, CC BY-SA 3.0 FR https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/fr/deed.en, via Wikimedia Commons

アンティークの科学器具を見ていて、まず目を惹くのがその美しい素材です。

金色に輝く真鍮。

深い色合いのマホガニー。

透明なガラス。

細かな目盛りや文字を刻んだ金属板。

例えば18~19世紀の顕微鏡には、真鍮の本体とマホガニーやオークの台座を組み合わせたものが数多く残っています。望遠鏡や六分儀、実験装置などにも同じような素材が使われました。

もちろん、これは飾るためだけではありません。

木は台座やケースとして器具を守り、真鍮は精密な部品を作るために使われ、ガラスは観察や実験に欠かせない素材でした。

つまり、

機能を追求して作られた結果、それが美しい工芸品にも見える。

ここがアンティーク科学器具の面白いところです。

現代の研究室から測定機器を一つ取り出してリビングに飾ろうとは、なかなか思いませんよね(笑)。

ところが200年前の科学器具なら、アンティーク家具の上に置いても妙に馴染んでしまいます。

オリジナルのカルペパー顕微鏡
See page for author, CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0, via Wikimedia Commons

科学器具の中でも、現在までほとんど名前が変わらず残っているものの一つが顕微鏡です。

18世紀のイギリスでは、エドワード・カルペパーが考案したカルペパー型顕微鏡が広まりました。

真鍮製の筒を三本の支柱で支え、その下に観察する物を置くという独特の姿をしています。

後にはジョン・カフなどの器具製作者によって異なる構造の顕微鏡も作られました。

当時の顕微鏡を見てみると、現代の白や黒を基調とした実験機器とはまったく違います。

磨かれた真鍮の筒に美しい木製の台座。

さらに専用のマホガニーケースや、交換用レンズを収納する小さな引き出しまで付けられたものもありました。

まさに、科学器具と家具の中間のような存在です。

ドロンド無色収差望遠鏡 
Med, CC BY-SA 3.0 http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/, via Wikimedia Commons

そしてもう一つ欠かせないのが望遠鏡です。

18世紀のロンドンでは、ピーター・ドロンドやジェシー・ラムズデンといった優れた光学・科学器具製作者が活躍しました。

1769年頃には、ドロンドとラムズデンらが関わった屈折望遠鏡も作られており、金属製の鏡筒や精密な架台など、非常に美しい造りを見ることができます。 Science Museum Group Collection

ここで面白いのが、当時の科学器具には製作者の名前が刻まれているものが多いことです。

アンティーク家具でメーカーや家具職人の刻印を探すのと同じように、科学器具でも、

「誰が作ったのか」

「どこで作られたのか」

という部分が、その道具の歴史を知る大きな手掛かりになります。

チャールズ・フロッドシャム作の気圧計
Daderot, Public domain, via Wikimedia Commons

アンティークショップでも比較的目にする機会がある科学器具がバロメーター(気圧計)です。

現在では「気圧を見る道具」というイメージですが、その始まりには大きな科学的発見がありました。

17世紀、イタリアのエヴァンジェリスタ・トリチェリは、水銀を使った実験から大気圧の存在を確かめ、1643年頃に初期の水銀気圧計につながる装置を作りました。

その後、気圧計は研究用の器具から、天候の変化を知るための実用品としても広がっていきます。

古い英国製バロメーターには、美しい木製ケースへ目盛りや温度計などを組み込んだものがあり、もはや壁掛け家具のような存在感があります。

「科学器具を部屋に飾る」という感覚は、実はそれほど現代的なものではなかったのかもしれません。

キャロライン女王所有のグランド・オーラリー
Daderot, CC0, via Wikimedia Commons

個人的に、アンティーク科学器具の中でも特に面白いと思うのが、

オーラリー

です。

簡単にいえば、太陽や地球、月、惑星などの動きを歯車で再現する天体模型です。

近代的なオーラリーは18世紀初頭に登場し、1704年には時計職人のジョージ・グラハムとトーマス・トンピオンによって初期の装置が作られました。

「オーラリー」という名前は、初期の模型を注文した第4代オーラリー伯爵チャールズ・ボイルに由来します。

ハンドルを回すと歯車が動き、

地球が太陽の周囲を回り、

月が地球の周囲を回る。

今なら映像やCGで簡単に説明できますが、当時は機械そのものを動かして宇宙の仕組みを見せていたわけです。

18世紀には教育だけではなく、裕福な家庭で楽しむ道具としても人気がありました。小型のオーラリーの中には「貴族や王侯だけでなく、紳士淑女向け」と説明されたものも残っているようです。

机の上で宇宙を動かす。

なんともロマンのある科学器具ですよね。

ホークスビーズ電気機械
Jean-Antoine Nollet, Public domain, via Wikimedia Commons

現在ではコンセントにプラグを差せば当たり前のように使える電気ですが、18世紀の人々にとってはまだ非常に不思議な現象でした。

そこで登場するのが、静電気を発生させるための静電気実験装置です。

ガラスの円盤や球体を回転させ、摩擦によって静電気を発生させるものなどが作られました。

18世紀にはこうした電気実験が人気を集め、講義や公開実験で人々に披露されることもありました。1760年頃にはジョージ・アダムスによる球形の電気実験装置も作られたそうです。

さらに後には、電気を医学へ利用しようとする試みまで登場します。

現代から見ると少し怪しげなものも含まれますが、当時の人々にとっては、

「目に見えない力を人間が操れる」

というだけでも相当な驚きだったのでしょう。

ギニアと羽毛の実験装置、ジョージ・アダムズ(父)作、1761年 - ロンドン科学博物館
Daderot, CC0, via Wikimedia Commons

こうした科学器具に魅了されたのは学者だけではありませんでした。

イギリス国王ジョージ3世も科学に強い関心を持っていた人物として知られています。

1761年頃には、ロンドンの科学器具製作者ジョージ・アダムスへ、多数の実験器具が注文されました。

運動や力を説明する装置、振り子、真空実験のための器具など、さまざまな装置が作られています。

例えば、真空にしたガラス管の中で羽根と硬貨を同時に落とし、空気抵抗がなければ同じ速さで落下することを示す「ギニー金貨と羽根」の実験装置まで残されているようです。

こうした器具は単なる玩具ではなく、目では見えない自然の法則を目の前で理解するための道具でした。

とはいえ、精巧な真鍮部品とマホガニーを組み合わせた姿を見ると、王室に置かれる品らしい美しさも感じます。

天体儀について講義する哲学者
Science History Institute, Public domain, via Wikimedia Commons

ここまで見ると、科学器具は研究室だけで使われていたように思えるかもしれません。

ところが18~19世紀には、科学実験を人前で披露する自然哲学の講義も人気を集めました。

電気を発生させたり、

模型を動かしたり、

光をプリズムで分けたり、

惑星の動きをオーラリーで説明したり。

難しい理論を文章だけで説明するのではなく、実際に機械を動かして、

「ほら、こうなるでしょう?」

と見せるわけです。

科学器具は「測るための道具」であると同時に、科学を見せるための道具でもありました。実際に18世紀の力学装置や電気装置には、講義や実演のために作られたものが数多く残されているそうですよ。

ラムズデン氏
Science History Institute, Public domain, via Wikimedia Commons

アンティーク家具にキャビネットメーカーや家具職人がいたように、科学器具にも専門の製作者がいました。

18世紀のロンドンでは、

ジョージ・アダムス

ジェシー・ラムズデン

ピーター・ドロンド

ジョン・カフ

エドワード・ナーン

など、多くの科学・数学・光学器具製作者が活動していたようです。

彼らは単に部品を組み立てるだけではありません。

より正確に測れるようにしたり、

使いやすい構造を考えたり、

レンズの性能を改良したり、

目盛りをより正確に刻む方法を考えたり。

例えばラムズデンは、六分儀などの目盛りを高精度に刻むための分割機を改良した人物として知られているようです。

科学の進歩の陰には、こうした「科学者を支える職人たち」がいたのです。

ジョセフ・ガタリッジが製作した卓上顕微鏡
Herbert Art Gallery and Museum, Coventry, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons

古い科学器具を見ていると、もう一つ気になるものがあります。

それが専用ケースです。

精密な器具を運ぶため、マホガニーなどを使った頑丈な木箱が作られ、その中には器具の形に合わせた収納スペースが設けられていました。

顕微鏡には交換用のレンズ。

六分儀には測定用の部品。

望遠鏡には架台や付属品。

まるで高級工具箱のように、すべてがぴったり収まります。18世紀の顕微鏡や力学実験装置にも、専用のマホガニーケースが残っているそうです。

器具本体はもちろんですが、ケースまで含めて一つの製品として美しく作られているところに、当時の物作りの丁寧さを感じます。

キーストーンケース付き六分儀、ジョージ・アダムス作、ロンドン、1785年頃
Daderot, Public domain, via Wikimedia Commons

科学器具のアンティークで面白いのは、用途を知らずに見ると本当に正体が分からないことです。

「望遠鏡かな?」

「何かを測る道具?」

「これは時計?」

「いや、そもそも何が動くんだろう?」

そんな想像をしながら調べていくと、

実は航海用の六分儀だったり、

気圧を測る装置だったり、

惑星の動きを説明する模型だったり。

用途が分かった瞬間、それまで単なる「謎の古道具」だったものに、急に物語が生まれます。

家具とはまた違った、謎解きのような楽しさがありますね。

内部計器室タイラーズ博物館
Teylers Museum, Haarlem, the Netherlands, CC BY-SA 3.0 NL https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/nl/deed.en, via Wikimedia Commons

現在では、昔の科学器具の多くは本来の役目を終えています。

天体の動きならスマートフォンで調べられます。

気圧もデジタル表示。

顕微鏡や望遠鏡の性能も、当時とは比較になりません。

それでも、古い科学器具には現代の機械にはない魅力があります。

真鍮の歯車。

手作業で刻まれた細かな目盛り。

年月を重ねたマホガニー。

少し曇った古いガラス。

そして、

「世界の仕組みを知りたい」

という人々の好奇心。

アンティーク家具が昔の暮らしを伝えてくれるものだとすれば、科学器具は昔の人々が何を知ろうとしていたのかを伝えてくれるアンティークなのかもしれません。

アンティークというと、家具や陶磁器、銀器、時計などを思い浮かべることが多いと思います。

しかし、その横には今回ご紹介したような科学器具の世界も広がっています。

顕微鏡から見えた小さな世界。

望遠鏡の先に広がった宇宙。

気圧計によって見えてきた空気の存在。

電気実験装置から飛び出した火花。

オーラリーの歯車によって動き始めた惑星。

一つ一つの器具には、当時の人々の、

「これは一体どうなっているんだろう?」

という好奇心が詰まっています。

しかも、それを包んでいるのが、美しい真鍮や木材、ガラスによる精巧な造形です。

科学と工芸。

一見まったく違うように思える二つの世界が、一つの道具の中で出会っている。

そこが、アンティーク科学器具の一番面白いところなのかもしれません。

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