中国風なのに英国生まれ?「ウィロー・パターン」とアンティーク陶磁器の歴史
白い器の上に描かれた、青い風景。
大きく枝を伸ばす柳。
中国風の建物。
小さな橋。
水辺に浮かぶ舟。
そして空を飛ぶ二羽の鳥。
英国アンティークのプレートやカップを見ていると、ときどきこんな不思議な景色に出会います。
これは、ウィロー・パターンと呼ばれるデザインです。
日本語にすると「柳模様」。
一目見れば、いかにも中国で生まれた古い伝統文様のように思えます。
ところが、このウィロー・パターン。
実は、中国ではなく、18世紀末のイギリスで生まれたデザインなのです。
さらに面白いことに、ウィロー・パターンには恋人たちの悲しい伝説まで存在しますが、その物語も中国から伝わったものではありません。
一枚のお皿の中に、中国とイギリス、産業革命、陶磁器産業、そして後から作られた物語まで詰め込まれている。
今回はそんな英国アンティーク陶磁器の定番、「ウィロー・パターン」の歴史をたどってみましょう。

すべての始まりは中国・景徳鎮?
ウィロー・パターンそのものは英国生まれですが、その源流をたどると中国へ行き着きます。
特に重要なのが、景徳鎮(けいとくちん)です。
中国・江西省にある景徳鎮は、古くから世界的に知られる陶磁器の産地です。
元代には、白い磁器の表面へコバルト顔料で青い文様を描く、青花が発展しました。
白い磁肌の上に浮かぶ鮮やかな青。
花や鳥。
山や水。
建物や人物。
こうした中国の青花磁器は海を越え、16世紀頃にはヨーロッパにも運ばれるようになります。
17~18世紀になると、その人気はさらに高まっていきます。
当時のヨーロッパ人にとって中国磁器は、遠い東洋から運ばれてくる非常に魅力的な品でした。
そしてヨーロッパ各地で、「自分たちも、この美しい青と白の陶磁器を作りたい」という動きが始まります。

JHH755, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons
デルフト、マイセン、ウースターへ広がる「青と白」
中国磁器への憧れは英国だけのものではありませんでした。
オランダでは、デルフトを中心に中国磁器を思わせる青と白の陶器が作られます。
ドイツでは、マイセンがヨーロッパにおける磁器生産の重要な拠点となります。
そしてイギリスでも、ウースターをはじめ、各地の陶磁器メーカーが中国風の青と白の器を作るようになりました。
こうして中国からやって来たデザインは、ヨーロッパ各国で少しずつ姿を変えていきます。
単なる模倣ではありません。
ヨーロッパ人が、「中国とは、きっとこんな場所なのだろう」と想像しながら、自分たちなりの東洋世界を作るようになったのです。
ヨーロッパ人が想像した中国「シノワズリ」
このような東洋趣味は、シノワズリと呼ばれます。
シノワズリとは、中国美術を忠実に再現した様式ではありません。
中国や東アジアから輸入された陶磁器、漆器、家具、織物などを参考にしながら、ヨーロッパ人が想像した「中国らしい世界」を表現したものです。
そのためシノワズリには、
塔のような建物。
大きく反った屋根。
橋。
柳や竹。
鳥。
水辺。
異国風の衣装を着た人物。
などが頻繁に登場します。
今見ると少し不思議な中国風景ですが、当時のヨーロッパ人にとっては、遠い東洋への憧れそのものだったのでしょう。
そして、このシノワズリ文化の中から生まれた代表的なデザインの一つが、ウィロー・パターンでした。
ウィロー・パターンが生まれたスタッフォードシャー
18世紀後半。
英国陶磁器産業の中心地として急速に発展していた場所があります。
イングランド中西部の、スタッフォードシャーです。
特に現在のストーク・オン・トレント周辺には数多くの陶磁器工房が集まり、後に「The Potteries」と呼ばれるほどの一大産地へ成長しました。
ここから、
ウェッジウッド。
スポード。
ミントン。
など、後の英国陶磁器史を代表する名前が登場してきます。
ウィロー・パターンが形作られていったのも、このスタッフォードシャーでした。

ウィローを語るうえで欠かせないジョサイア・スポード
ここで登場するのが、ジョサイア・スポード1世です。
現在でも英国陶磁器メーカーとして知られる、スポードの創業者です。
ジョサイア・スポードは1776年、ストークに自身の陶磁器工場を構えました。
そして1780年代には、陶器へ青い模様を施すための釉下転写印刷を発展させます。
スポードでは1780年代から1790年代にかけて、現在のウィロー・パターンにつながる初期のデザインが作られていました。
ここで重要なのは、「スポードが何もないところからウィローを突然発明した」というわけではないことです。
当時のスタッフォードシャーでは、さまざまなメーカーが中国磁器を参考にした風景模様を作っていました。
橋。柳。中国風の建物。島。舟。鳥。
こうしたモチーフが少しずつ組み合わされ、現在私たちが「ウィロー」と認識するデザインへまとまっていったと考えられています。

N. Freese (active 1794-1814), Public domain, via Wikimedia Commons
もう一人の重要人物「トーマス・ミントン」
そしてウィロー・パターンの歴史には、もう一人有名な人物が登場します。
トーマス・ミントンです。
後に英国を代表する陶磁器メーカーとなる、ミントンの創業者です。
若い頃のトーマス・ミントンは銅版彫刻の技術を持っていました。
スポードの初期ウィロー・パターンに使用された銅版の一部についても、トーマス・ミントンが彫刻した可能性があると考えられています。
やがてミントンは1793年頃、ストーク・オン・トレントに自身の陶磁器工場を設立します。
つまり、スポードとミントン。
後に英国アンティーク陶磁器を代表する二つの名前が、ウィロー・パターンの黎明期にも登場してくるのです。

ウィロー・パターンを探してみよう
では、実際のウィロー・パターンには何が描かれているのでしょうか。
メーカーによって多少異なりますが、典型的なウィローにはいくつかの特徴があります。
まず、柳の木。
そして中国風の大きな建物。
水辺。小さな舟。島。
そして、橋を渡る三人の人物。
さらに空を見ると、
二羽の鳥が描かれていることがあります。
この特徴を覚えておくと、アンティークショップで大量の陶磁器が並んでいても、「これはウィローかもしれない」と気付けるようになります。

James Yolkowski (en:User:JYolkowski)., CC BY-SA 3.0 http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/, via Wikimedia Commons
二羽の鳥に隠された悲恋物語
ウィロー・パターンには非常に有名な物語があります。
細かな設定や登場人物の名前にはいくつかのバリエーションがありますが、大まかな内容はこんなものです。
ある裕福な人物には美しい娘がいました。
父親は娘を裕福な男性と結婚させようとします。
しかし娘は別の若者と恋に落ちていました。
当然、父親はその恋を認めません。
そこで恋人たちは屋敷から逃げ出します。
橋を渡り、舟に乗り、遠い場所へ逃げようとします。
しかし二人は追っ手から逃げ切ることができません。
やがて悲劇的な最期を迎えた二人は、二羽の鳥となって空へ飛び立ち、永遠に一緒になった。
という物語です。
ウィローの絵を見ると、
橋を渡る人物。大きな屋敷。舟。島。二羽の鳥。
確かに、最初からこの物語を描いたようにも見えます。
この楽譜は1896年の「The Willow Pattern Plate」というものです。
こちらはウィローの悲恋物語そのものを題材にしており、説明にも恋人たちが駆け落ちし、最後に神々によって二羽の鳩へ変えられる物語と明記されているようです。

Scan by NYPL, Public domain, via Wikimedia Commons
ところが物語の方が「後から」作られた
ここがウィロー・パターン最大の面白いところです。
この悲恋物語が中国に古くから存在し、それを英国人がお皿に描いた。
……わけではありません。
実際には、ウィロー・パターンの絵柄が先。
そして、物語は後。
と考えられています。
中国風の風景が描かれた器に、
「なぜ橋の上に人物がいるのだろう?」
「二羽の鳥は何を表しているのだろう?」
「この建物から逃げているのでは?」
と物語が与えられていったのです。
今風に言えば、商品にストーリーを持たせたとも言えるかもしれません。
そして、その物語がまたウィロー・パターンの人気を高めていきました。
図柄から物語が生まれ、その物語によって図柄がさらに有名になる。
非常に面白い関係です。

中国を真似した英国。そして英国を真似した中国
ウィロー・パターンには、もう一つ面白い歴史があります。
もともとの流れは、
中国の青花磁器
↓
英国人が影響を受ける
↓
英国で中国風のウィロー・パターンが生まれる
というものでした。
ところがウィロー・パターンがヨーロッパで大人気になると、今度は中国の陶磁器職人たちが、ヨーロッパへの輸出用としてウィロー風の陶磁器を作るようになります。
つまり、中国人が作った陶磁器を英国人が真似し、英国人が作った「中国風デザイン」を、今度は中国人が真似する。
文化が海を渡って一周しています。
これこそ、アンティークを調べていると出会う文化交流の面白さではないでしょうか。
この写真は逆にヨーロッパの風景を描いた中国の磁器になります。

World Imaging, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons
19世紀には70以上の英国メーカーが作った?
ウィロー・パターンはスポードだけのデザインではありません。
19世紀になると、その基本的な構成を取り入れたウィローは英国中のさまざまなメーカーで作られるようになります。
当時、少なくとも70を超える英国の陶磁器メーカーがウィロー・パターンを制作したとされるほど普及しました。
そのため、「ウィロー・パターン=スポード」ではありません。
メーカーによって、
柳の形。橋。人物。鳥。建物。ボーダー。ブルーの色合い。
などが少しずつ異なります。
ここがアンティークとして見ると非常に面白いところです。

一枚のお皿に詰まった世界史
ウィロー・パターン。
ただの青と白のお皿と思ってしまえば、それまでです。
しかし歴史をたどってみると、その小さな風景の向こう側には、
中国・景徳鎮の青花磁器。
ヨーロッパを熱狂させたシノワズリ。
英国陶磁器の中心地スタッフォードシャー。
ストーク・オン・トレント。
ジョサイア・スポードとSpode。
トーマス・ミントンとMinton。
産業革命を背景に発達した転写印刷。
そして、後から生まれた恋人たちの物語。
さまざまな歴史が隠れています。
何より面白いのは、いかにも中国らしく見えるその風景が、英国人が思い描いた「中国」だったということでしょう。
本物の中国文化が英国へ渡り、そこで新しい姿へ作り替えられ、さらには再び中国へ戻っていく。
アンティークには、ときどきこうした国境を越えた文化の旅が残されています。
次にブルー&ホワイトの古いプレートを見かけたら、少しだけ中央の風景を覗いてみてください。
大きな柳。小さな橋。三人の人物。舟。中国風の建物。そして空を飛ぶ二羽の鳥。
もしそれらが見つかったなら、その小さなお皿の中には、200年以上続く「ウィロー・パターン」の世界が広がっているかもしれません。
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